Sunday, October 31, 2010

The Silence of the Lambs、やっとのことで読了

The Silence of the Lambs(羊たちの沈黙)をやっと読み終えました。
やっぱり、日本語と英語では読解力が桁外れに違いますな。
推理小説なので、日本語なら2~3日で読めるところ、英語だと
2週間以上かかってしまいます。

理由は、なんだろう?

まず、漢字がないこと。日本語は漢字があるから、フォトリーディング
みたいに、見開き2ページを数秒眺めれば、一字一句読まなくても
雰囲気がわかる。

それが英語ではできない。

また、日本語なら会話を読めば、状況が、ぱーっとわかるが、
英語だとそうはいかない。ましてや、スラングやイディオムがあると、
なおのこと、わからない。

そして第三に、知らない語句が多すぎる、ということ。
今回の羊たちの沈黙でも、前回のブルーゴールドでも、知らない語句を
辞書引きしたところ、訳語の日本語自体知らないものも多々あった。
(船の専門用語や、身体の筋肉の名前など)

まぁ、どれもいい解決策が浮かばない。地道にやっていくしかないね。

Tuesday, October 26, 2010

生バナナジュースの泡の取り方に気づいた!

生バナナジュースの泡が気になって、茶こしやペーパーフィルターで
取ろうとして、徒労に終わった経験があった。

そのことは当ブログで一年近く前に書き、未だに一番ヒットする
記事である。
http://nsh-41.blogspot.com/2009/12/blog-post_18.html

ところが、先日、生バナナジュースを久しぶりに作り、ひょんな
ことから、泡を取ることに成功したのです!

結論からいうと、泡のないバナナジュースは、さらさらして飲みやすい
けど、美味しくない。

いや、美味しいが、物足りないと言ったほうがいいでしょう。

さて、そのやり方ですが、偶然の産物で、とても簡単です。

それは、冷蔵庫に一晩入れておくことです。
なぜ偶然かというと、先日、生バナナジュースを作りすぎてしまった
ので、冷蔵庫に入れておきました。そして、次の日の朝、残りを飲もうと
したら、果肉や泡が上に浮き、バナナジュースが下に沈んで、完全に
分離していました。

「あっ!これが求めていたものだ!」と思い、さっそく果肉を掬って
食べて、残りのさらさらしたジュースを飲みました!

しかし、のどごしがよすぎて、物足りないのです。

そう言えば、駅のフルーツジューススタンドでも、注文すると数秒間、
撹拌(かくはん)しますよね?

だから結論は前回と同じで、生バナナジュースは、果肉や泡があり、
コッテリしているからこそ、生バナナジュースなんです。

さらさらしたバナナジュースは、バナナ風味の牛乳にすぎないことを、
再認識しました。

Thursday, October 21, 2010

羊たちの沈黙を途中まで読んで、印象に残ったこと

今日もThe Silence of the Lambs:羊たちの沈黙を読みました。
連続殺人事件の新たにあがった死体に関して、スミソニアン
博物館の昆虫学を専攻している学生にいろいろ意見を聞きに行く
シーンがありました。

最初はクラリス(主人公の女性捜査のタマゴ)をバカにしていた
学生たちが、クラリスが持ってきたサナギが連続殺人事件の捜査の
一環と知るやいなや、態度を急変させます。

その変化を読んだとき、あぁ、いいなぁ、と思いました。

その理由は二つ。一つ目は、自分に持ちかけられた話が人命に関わる
ものと知って、その責任の重さを知り、態度を急変させるという
責任感は洋の東西を問わないということ。
自分がしていることは重要なこととわかると、俄然人は頑張るということ。

もう一つは、そんな人間的なやりとりを、英語だけで十二分に読み取れて、
ジーンと来てしまうようになったこと。

こういうことを考えると、洋書リーディングは、お勉強のためでは
ないと言える。

Tuesday, October 19, 2010

「英語は学習の対象」という現状から抜け出したい

さきほど、涼宮ハルヒの溜息の英語版を少し音読した。
その中でわからない表現があったので、原作(日本語版)の
ページをパラパラとめくった。

すると、一瞬でわかるんだよねぇ、何が書いてあるか。

その理由は漢字にありそうだ。

漢字は音声を表す「表音文字」でもあるが、同時に意味を表す
「表意文字」でもある。

表意文字なので、見た瞬間に意味が取れる。

英語だと、それが難しい。

本当は、英語もgetとかtakeとかhaveのような短い単語では
なく、難しい長い単語は一単語一義に近いので、そういう
単語を拾っていけば意味が取れる。

しかし英語の場合は、やっぱりわからない表現に興味関心が
いってしまうのだ!

こんなところに外国語=学習対象という意識が現れてしまう。

この15年くらいで、300冊も洋書を読んだのに、まだ学習対象
という意識が抜けない。悔しくて悔しくてたまらない。

なぜ学習の対象かというと、日常で使ってないからだろう。
日常生活で使っていれば、学習の対象でなくなるのに。

Monday, October 18, 2010

英語の小説はoverviewingで楽しめる

今日は、発見があった。それは、英語リーディングにおいて、
overviewingという速読のテクニックが非常に有効ということだ。

現在、The Silence of the Lambs「羊たちの沈黙」を引き続き読んで
いるが、スラングや難しい単語が気になってしょうがない。

電子辞書だから紙の辞書よりも素早く辞書引きできるが、それでもいち
いち面倒だ。

そこで、速読のテクニックのoverviewingを使ってみた。
overviewingは、精読する前の、下読みで、枝葉末節にはこだわらず、
概要だけざっと理解する読み方だ。

気になってしょうがない語句も、バッサバッサと切り捨てて、短時間で
最後まで読み切るのである。

これをやってみて、改めて驚いた。
細部はあとで読み返せばいいと割りきって、先へ先へと進んだら、話の
筋がどんどん頭に入り、気づいたら、ストーリーに没頭しているのだ。

ストーリーがわかってくると、自発的に細部まで読みはじめる。だが、
辞書は引かない。話の全体像を追えているから、知らない語句があっても、
イメージが浮かぶのだ。

当初は、全体像がわかったあとで、細部を読み返そうと思ったが、そんな
必要はなかった。ストーリーがとてもよくわかったからだ。

英語:日本語=3:1の法則と私が命名したとおりに、英語は日本語より
3倍くらい細かく表現するから、日本人にとっては、3分の1くらいしか
読まなくても、かえってその方がよくわかる。

だから、辞書を引き引き、枝葉末節まで読むのではなく、overviewingで
概要だけをつかみ、読み進むことが大事なのだ。読み進めば、わかって
くる。わかってくると、楽しくなるのだ。

Saturday, October 16, 2010

本末転倒の英語リーディング

前回のブログで、音読をする目標として、同時通訳を目指す、と
宣言した。

それで、涼宮ハルヒの溜息の英語版を音読し始めた。それはよし。

そして通勤の車内でそれを読むべきか、はたまたそれは音読専用で、
読書(黙読・速読)用には別の本を読むべきか迷った挙句、以前
バーゲンで買った、羊たちの沈黙を読むことにした。

今日、改めて気づいたのは、内容よりも表現に気を取られてしまう
ことだった。

日本語の本なら、読みすらしない箇所の表現が気になって読み返し
たり、辞書を引いたりして、内容を楽しむという読書本来の行為が
英語になるとできなくなってしまう
ということだ。

これは由々しき問題だ。なんのために読書をしているのか?語彙や
表現を増やすために読書をするのか?
それは違う。内容を楽しむことが第一義で、語彙が増えるのは副次的
に決まっている。

英語の勉強なんてするな!本を読んで楽しいひとときを過ごせ!
そして、たまたまその本が英語で書かれていた、という心理に
なれ!

Thursday, October 14, 2010

目標は明確に(アイルトン)せな、アカン!

今日、涼宮ハルヒの溜息の英語版の音読を30分くらいしました。
しかし、途中で辞書を引くわ、お茶はいれるわで、集中力が
途切れまくりでした。

何ででしょうか。

おそらく、目標が明確でないからでしょう。

3ヶ月間、毎日30分音読を続けるとどういう変化が起きるだろうか?
ということで、5月の下旬~8月下旬まで実験をしました。
その頃は、どんな変化が起きるかの他に、イスラエルのベンジャミン・
ネタニヤフ首相に勝とも劣らない英語力をつけるとか、英語の声優になる
とか、そういう目標がありました。
だから頑張れた。

また、記録をつけることで、モチベーションを維持・向上できました。

しかし、実験後は音読が習慣化したため、目標追求が弱まりました。

だから、頑張れないのです!だから、集中できないのです!

ということで、これからまた音読を頑張るために、目標を立てたいと
思います。

「同時通訳者になるために、音読を毎日30分欠かさない。」

Tuesday, October 12, 2010

中学・高校で6年英語を勉強している日本人は少ない

「日本人は中学・高校で6年も英語を勉強しているのに、少しも話せ
ない。」とよく言われる。しかし、たいていの日本人は6年間、
英語を勉強していない。


別の言い方をしよう。6年間で英語圏での6年に触れる英語の量を
勉強している人は、皆無と言えよう。

ほとんどの生徒は学校で週に3~4時間、塾で4時間の計8時間。
そして夏休み、冬休み、春休みがあるから、年に30週間くらいだろう。
ということは4時間×30週間=120時間だ。
8時間の人でもその倍の、240時間だ。


これを6年、つまり6倍すれば、720~1440時間。

ところで、人はふつう16時間起きているとすると、1440時間は
90日、3ヶ月
だ。

つまり、英語圏で3ヶ月生活すれば触れられる量の英語を、6年
かけてやっている。

この計算だと、1年の短期留学は、日本の学校の英語の勉強の4倍、
つまり、24年分となる!

日本人が英語ができないのは、単に、練習が足りないにすぎない。

英語テスト高得点は英語ペラペラとは関係ない

日本では、英語ができるようになりたいという人の多くは、
「テストで高得点を取る」=「英語ができる」と思っている
ようだ。
本来は「ペラペラになりたい」のだろうが、英語業界や
受験に翻弄され、そう思い込んでいるのだろう。

だが、学校の成績や資格試験、受験のテストは、英語ペラペラに
なる通過点ではない!ぜんぜん関係ない。

その証拠に、当意即妙なジョークを言ったり、思いやりのある
言葉をかけたりすることが、母語・外国語にかかわらず、コミュ
ニケーション上、極めて大切なこであるが、それを測定する
英語テストは存在しない。

なぜか?それは、そういう技術は客観的に、測定できないからだ。
テストが作れないからだ。否、テストを作っても、採点ができ
ないからだ。

というわけで、英語力を測るテストというのは、単語を知っているか、
文法がわかるか、文章を読んで、文意がわかるか、という出題に
なる。

そこで、学習者はそれがことさら大切なことかと思ってしまう。

学習者のみなさん、もしテストで高得点を取りたければ、答案作成力を
つければいい。

でも、それは英語ペラペラになるのとは、違う。

Clive Cussler Blue Gold 音読終了

Clive CusslerのBlue Goldの音読が終わった。
402ページの長編小説。

ストーリーは、世界中の水を独占販売しようとする
企業の陰謀とNUMAが戦う話で、7年くらい前に読んで
いたから、知っていた。

今読んでも非常に面白い。というか、Clive Cussler
の本は、ハズレがない。どれも、ダ・ヴィンチ・コード
級の面白さ。

しかし、音読となると、語彙が難しい上、量も多いので
たいへんだった。

また、途中から、知らない単語に注意が行き過ぎ、
語彙力アップのために、音読しているような雰囲気に
もなり、苦痛な時期もあった。

そうは言っても、一冊読むのに一ヶ月近くかかってしまうのは、
考えものだ。もっと早く音読しきれるように、これからは
頑張る。

Saturday, October 9, 2010

日本語文法はよくわからない。

日本語の文法って、よくわからない。

まずは、用言と体言。
用言って、活用のある言葉だと思っていた。だから動詞、形容詞、助動詞。
それに対して、体言は活用しない言葉で、名詞と助詞。

ところが、そうでない。用言は「自立語」で活用のある言葉なので、動詞、形容詞、
形容動詞。体言は名詞らしい。
助動詞や助詞は自立語ではないから違うらしい。

その自立語・付属語もなぞ。自立語はそれだけで意味があり、付属語はそうでは
ないらしい。でも。助動詞には意味があるではないか。伝聞・推定の助動詞とか
学習するではないか。わからん。

次になぞなのは,形容詞と連体詞。
なんだ、連体詞って。名詞を修飾するが活用しない語のことらしい。
例えば、「大きな」は連体詞で「大きい」は形容詞。???
「大きな」は「大きい」の派生語でいいんじゃない?

さらにわからないのは、形容動詞。形容詞なのか、動詞なのかわからん。
「静かな」は形容詞でも連体詞でもなく、形容動詞だとさ。
それは、「静かだ」と活用できるからで、形容詞の「い」で終わらせると
「静かい」となるから、形容詞ではないということらしい。
さっきの連体詞の「大きな」は、「大きだ」とはできないから、形容動詞では
ないらしい。

ところで、「静かだ」のどこが「動詞」的なんだろう。わからん。

英語のように名詞を修飾する、述語になる、の二要件を満たしていれば
形容詞でよいのではないか?「かろ・かっ・く・う・い・い・けれ」と
いう活用にどんな深い意味があるのだろうか。

よくわからない…。

そうか、日本語の文法は、意味・役割ではなく、語形変化を基準にしている
からおかしいんだ。

英語で言えば、動詞は規則変化だろうと、不規則変化だろうと動詞だ。
しかし、日本語の場合は、規則変化なら形容詞。
「だろ、だっ、で、に、だ、な、なら」と違う変化(不規則変化)なら
形容動詞。限定用法のみなら連体詞というふうに、品詞をドンドン作って
しまったようだ。

なるほどね。理屈はわかったが、賛同できないな。

Thursday, October 7, 2010

語彙力アップのために英語を読むなんて、バカバカしい

音読の功罪の罪について

この20年、英語と言えば黙読と速読であった。
そして、文意が取れさえすれば、未知の語句でも辞書引きなどは
しなかった。

だから、ストーリーに没頭でき、いわば母語で読んでいるのと
同じように、情報収集のためだけに読んでいた。

そういうとカッコよく聞こえすぎるかもしれないが、とにかく
自分で文意が取れているなぁと思える限りは、辞書を引かなかった。


しかし、音読は違う。一字一句発音する。そうすると、自然に未知の
語にも注意が向くようになった。

そこで、下線を引いて、あとでまとめて辞書引きをするようになった。

初めは語彙が増えて楽しかった。


しかし、今は、未知の語句や表現を探すために英文を読んでいる
ようになった。つまり、勉強のために読んでいるのだ。

これが、途方もなくヤル気を削ぐ。モチベーションが下がりまくり。

勉強のために小説を読むなんて、おかしい!

小説は娯楽!どうせ意味を調べても、たいして得した気分にならない
単語を見つけるために読むなんて、バカバカしくてもうやってられない。

Monday, October 4, 2010

辞書引きにハマりすぎて、本を読むのが嫌になった

最近、音読に力が入らなくなった理由はいくつかある。

1.仕事が忙しくなった
2.3ヶ月の実験期間で、劇的に力が伸び、満足した
3.単語を調べるのが面倒になった
4.英語の本といえば音読になってしまい、黙読&速読をしなく
  なったため、読むのにとても時間がかかるようになった

まぁ、こんなところだろう。

この中で、気になるのが3だ。

私は音読中にわからない単語があれば緑色のアンダーラインを引き、
各章を読み終えるごとに、電子辞書で調べる。

紙の辞書に比べれば、ワケない作業。

しかし、アンダーラインを引く→調べる という行為が、そも
そもの目的を読書から単語力増強に変えてしまっている
こと
に気づいた。

わからない単語を調べるのは、文意を理解するためのはずが、
単語力を増やすために読書をしているような気分
になってきて
いるのだ。

だから面白くない。

確かに、以前は単語の意味は文脈から推測していたし、わからない
単語があっても、だいたいの筋が取れている限りは、辞書なんて引く
ことはなかった。


それが電子辞書の便利さを賞賛し、辞書引き派に最近転向した。

そして昔読んだ本を読み返すと、当時はワカッテルつもりで分かって
なかった部分がかなりある


でも、その新発見の楽しさゆえに、しらみ潰しに辞書引きっていうのは、
いかがなものか?


そこで、今日からは、セリフでわからない語句やイディオムがあれば
辞書で調べる、ということに限定しようと思う。
地の文(状況や心理の説明部分)で出てくるわからない単語は、とりあえず
10個のうち7個は引かない
ことにしよう。

うん、そうしよう。そうしないと、本が読み終わらない。

Sunday, October 3, 2010

音読は毎日しないとすぐ力が落ちる

音読は毎日続けないといけないなと思いました。サボると力があっという間に
落ちます。

昨日、カナダ人と英会話をした
昨日は、よく行くお店のカウンターでお隣になったカナダ人旅行者と
お話ししました。

例えば、
"I don't know much about Canada because we don't have
much information of your country in Japan. So, could you tell
me a little bit about your country?"
「カナダのことはよくわかりません。カナダの情報が日本にはあまり
ないのです。だから、少しカナダについて教えてくれませんか?」

とか、
"Which do you think Canada belongs to, Europe or the U.S.? I mean,
Which cultrual influence is stronger?"
「カナダはヨーロッパとアメリカのどっちに属してますか?えー、つまり、
どっちの文化的な影響が強いですか?」

みないなことを質問しました。

また、日本の印象みたいなことを聞いたら、日本人は(ユニットバス
を考えればわかるように)狭いスペースを効率よく使うから、とても賢い
(very smart)と思う、と言っていたので、

"Where do you think the smartest Japanese live?"
「日本で一番賢い人たちはどこに暮らしていると思う?」と質問して
みました。

まぁ、これは即興で考えたジョークで、答え(オチ)を言いました。
"In a jailhouse(刑務所・監獄:狭いから。)"

すると、そいつは一本取られたぜ、という感じで「クックックッ」と
笑っていました。

脳の中に英語が浮かんでこない
さて、ここまで聞くと、自慢話のように思われるかもしれませんね。

でも今日書いているのは、そういうことではないのです。

音読を3ヶ月毎日30分行っていた頃(5~8月)と比べると、圧倒的に
英語が出てこなかった
ということです。

実験期間終了後、つまり9月以降は音読にあまり力を入れていませんでした。
週に2~3日くらい、しかも時間も計らず、というペースでした。

昨日感じたのは、毎日30分やっていたころに比べると、頭の中に飛び交う
英語の量が圧倒的に少ないことです。当時は頭の中が英語だらけでした。

頭の中に英語と日本語が混在
そして、英語を話し始めても、脳の中は、最後まで日本語と英語が混じった
状態でした。

これは、良くない状態です。どっちで考えればいいか、わからなくなる
からです。英語を聞いて、日本語に訳して理解し、日本語で考えたことを、
英語に直して話す。
これは、ダメなんです。脳が混乱するからです。


音読を毎日していたころは、英語は英語のまま理解し、英語で考えて
英語を話していたのに、昨日はそうではありませんでした。


やっぱり毎日やらないと力が落ちることを実感した出来事でした。