Sunday, February 27, 2011

映画やドラマの英語が聞き取れないのは、事前情報・補足説明がないから

映画やドラマの英語は聞き取れなくても構わないと、ここ2回のブログで書いた。
とはいうものの、ふだんテレビはぜんぶ英語にしているので、私は結構聞き取れる。

聞き取れないのは、長いセリフ。

なぜ、長いセリフが聞き取れないかというと、語彙がわからない、というは確実だ。
裁判ものはかなりわからない。

しかし、もっと大きいのは、事前情報がない、ということだろう。
たまたまテレビをつけたらやっていたドラマなどは、人間関係がわからない上、ダダーッとしゃべられると、何の話かわからなくなる。
人名がでてきても、誰かわからない。事件の話をしても何が起きていたのかわからない。

事前情報が足りないというのは、理解を大いに妨げるし、逆も真なり。
その証拠に、同じ番組の再放送や、シリーズを何度か観ていると、とてもよく理解できる。

私が映画やドラマの会話が聞き取れなくてもいいとか、あるいは現実的でない、という根拠はここ。
現実のコミュニケーションでは、事前情報がなければ、聞き手は質問したり、話者は補足説明をするものだ。
というか、本当の英語力やコミュニケーション力とは、聞き返したり、質問したり、説明を追加したりできる能力もなくてはならない!


というわけで、事前情報・補足説明がない映画やドラマの英語が聞き取れなくても、英語力やコミュニケーションが低いわけで決してない!

Monday, February 21, 2011

リスニングテスト結果と現実の英語でのコミュニケーションは関係がない!

昨日から、ドラマや映画の英語が聞き取れないのと、英語でのコミュニケーション力が比例しているとは思わない、ということを書いてきました。

英語は日本語の3倍くらいしゃべるので、たくさんの中から一語でもキーワードが聞き取れれば、現実のコミュニケーションは成り立ちます。

たとえそれが勘違いでも、会話はお互いの協力のもとに成り立つものだから、"No, no. What I mean is ~."みたいな感じで、相手も説明をし直して、一方的に話し続けることはありません。

そして、意外にも、その脱線が面白いのです。

「あれっ、こんなに易しい英語で話しているのに通じないなんて、自分の世界観は狭かったなぁ。」と思う人もいるかもしれない。

また、「こんなに易しい英語でも、話が通じないのかよ。」という態度を見せる人なら、そんな人と本当にコミュニケートしたいかどうか、考えたほうがいいです。

いずれにしても、映画やドラマの英語、そして、リスニング・テストの英語が一発で聞き取れないことと、英語でのコミュニケーション力は、たいして関係がありません。

もし、一発で聞き取れなければ、"Come again?", "Sorry?", "Pardon?"とか言って、聞き返せばいいだけの話です。

英語はテストよりも、もっともっと面白いものです。

Sunday, February 20, 2011

映画やドラマの英語が聞き取れなくても、別に問題はない

昨日、映画やドラマの英語が聞き取れないのは、セリフの量が少ないからだ、ということに気づいたが、これは大きかった。

おかげで今日ドラマを観てたときに、聞き取れないセリフがあっても、少しも落胆しなかった。

それどころ、セリフの英語が不自然に思えてきた。
実際の会話は、こんなに凝縮されてない。
この3倍はしゃべる。
と疑わざるを得ないのだ。

そして、これは海外生活を終えて日本に帰国した16年前からずっと思っていたのだが、
聞き取れなければ、聞き返して、もう一度言ってもらえばいいじゃん!
ということを再認識した。

というか、それが普通でしょ?
英会話の上手な人は、さりげなく何度も聞き返したり、テストでは×にされるような、間違った英語も散りばめながら話している

つまり、テストの英語のように、自分の興味関心とは無関係な話を、一度だけ聞いて、聞き返すこともできずに問題に答える、というのは、実際の英語のコミュニケーションから考えると、奇妙キテレツなことだ、と思うんです。

と、テスト批判はまた別の機会にしましょう。

If you miss what your partner said, just ask her/him to say it again.
At that time, you have only to say, "Sorry?", "Pardon?", or "Come again?" and that's going to be alright!

Don't be disappointed even if you are unable to catch English.
Instead, say laud and clear, "Come again?"

映画の英語が聞き取れない大きな理由のひとつに気づいた

スゴイことに気がつきました!
映画やドラマの英語が聞き取れない大きな理由のひとつ!

映画やドラマは、セリフが少ない

映画やドラマは尺が決まっているから、余計なことまでしゃべれません。
放送時間内に一件落着するように、台本のセリフのみを話します。

In films or TV dramas, actors speak minimum lines, which are too succinct to get message instantly, especially for non native English speakers like me.

しかし、ラジオのような実際の会話は余計なことをベラベラベラベラ、たくさんしゃべります。AFNやUSTREAMでラジオ番組を観ればわかるはずです。

でもその余計なことのおかげで、「この人は結局はこういうことをいいたいんだな」とわかるのです。
ところが映画やドラマのセリフは少ないので、聞いても意味がわからないことが多いのではないかと思いました。

But in everyday conversation, people speak more than necessary to get themselves understood. It's just like a detour to reach the destination. And those peripheral information actually makes you easily understand what the speaker wants to say.

I got that idea when I watched a movie on TV. I had some lines I didn't catch. But at that time, I also happened to watch/listen to a radio program on USTREAM.

I wondered why I can easily understand what DJs are talking, but not actors in a film.

Then I noticed the difference. DJs speak much longer than actors do; DJs give me much more information about a single topic but actors speak very few words.

What makes this difference? Because any films have a script, actors speak only the lines in it. But, in radio programs, they don't have a script like that, so they can give a comment rather freely, and that is, they tend to speak more words than necessary.

And, fortunately, that makes you easily understand their messages; due to much talking, you can easily pick up from it the gist of what they really want to say.

But in a film, you can't do that. Instead, you have to concentrate on listening to each lines the actors say because they don't give you peripheral information, which often helps to get themselves understood, though.

This is one reason that makes me hard to catch English in a film, besides lack of vocabulary. What do you think?

Saturday, February 19, 2011

The Fourth Protocol音読終了

The Fourth Protocol by Frederick Forsyth を昨日音読し終えました。



またもや、ほぼすべてのセリフを音読し、地の文は速読しました。

フォーサイスの著書は、これまでに原書で5冊読んだことがあります。
The day of the Jackal(ジャッカルの日)
The dogs of war(戦争の犬たち)
The shepherd(邦題はわかりません)
The Odessa file(オデッサファイル)
The devil's alternative(悪魔の選択)です。

今回読み終えたThe fourth protocol(第四の核)は初めて読みました。

※No comebacksも読みましたが、途中で挫折した覚えがあります。

ストーリーの構成的には、オデッサファイル+戦争の犬たち+ジャッカルの日のような感じです。
フォーサイスを読んだことがある方なら、おそらく読後に同じように思われるでしょう。

つまり、単なる犯人(スパイ)探しだけでなく、その犯行の準備の極めてリアリティがある描写が楽しめるわけです。

スパイと聞くと、ジェームズ・ボンドがすぐに頭に浮かびますが、あんなふうな華麗なるスパイは現実にはおらず、フォーサイスやジョン・ル・カレの小説に出てくるような、地味で目立たないが、ソビエトに情報を何年にも渡って流し続けていた役人とかが、現実的なんだろうなと思いました。

話はかわりますが、「洋書にトライしてみたいが何を読んだらいいかわからない」、「300ページ以上もあるのはちょっと…」、という方は、フォーサイスのThe shepherdを試してみてはいかがでしょうか。たしか、100ページ程度の薄い本ですが、ストーリーはしっかししています。


次の音読用の本は、ロバート・ラドラムの本にしようと思いましたが、フォーサイスを読み終えて、スパイ小説はちょっと疲れたので、SFにしました。
Hyperionです!

では、また。

Saturday, February 5, 2011

Raise the Titanic 音読終了

クライブ・カッスラー著、Raise the Titanic 音読終了。

傑作。

地の文は黙読し、90%以上のセリフを音読したため、11日かかった。

2004年に一度読んでいて、当時は洋書専用の読書ノートをつけており、高く評価したのを覚えていたので、今見返したら、「歴史的名著」と書いてあった。

しかし、7年も前のこと。すっかりストーリーも忘れており、また当時の英語力では理解できなかった箇所が随所にあったので、読み返した甲斐があった。

前半のストーリーは心底面白い。後半はちょっと冗長とも思ったが、最後は素晴らしく、読後の感想はやはり「歴史的名著」だった。


■気に入った表現
lead s/b down the garden path:だます、欺く
cop out:逃げる、責任から逃れる
ferret out:(犯人などを)捜し出す

"Would you like some breakfast?"
"Courtesy urges me to decline, but my stomach rumbles for me to accept."
"Americans are famous for hearty appetites. I would have been disappointed if you shattered the myth."
"Then I'll do my best to uphold Yankee tradition, Miss..."
<訳>
「朝ごはんとか、いかがですか。」
「いやぁ、お断りするのが礼儀と重々承知していますが、お腹の方がどうも我慢できないみたいで…。」
「アメリカ人はたくさん食べると聞いているので、その評判と違ったら、ちょっと残念です。」
「それなら、アメリカの伝統を守るために、全力を尽くしますよ、えーっと、お名前は…。」

■自分のたどってきた道を振り返る
洋書専用の読書ノートを久しぶりに見返して思った。
読書ノートは1998年からつけていて、今日見返したのは2冊目で、2002年から2008年までのものだ。
といっても、2004年までは、あらすじから感想まで、たくさん書いていたが、それ以降は面倒くさくなり、感想はあっても一行程度、その代わりに☆印になっている。さらにその後は書名と読了日だけになっている。

しかしこのノートを見て、「あぁ、これが自分のたどってきた道なんだ。今、そしてこれから先、どんなに不運だとしても、洋書を一生懸命読んできたことだけは変わらないんだ。」と感慨深げに思いました。