factとevaluationを切り離す:人生観の変え方

先日立川へ行くとき、中央線が遅れていることを知って、早めに家を出た。

「これなら、電車が遅れても余裕で行ける」と思っていた。

しかし、100mくらい行ったところで、メガネが外出用でなく、家用のままだったことに気づいた。

仕方なく、家へ戻った。

「これじゃ、早く家を出た意味ないじゃん!」と思った。

そして、「いつもそうだ。大事なときに限って、うまくいかない。」と、自分の運命や人生に対して、怒りと失望でいっぱいになった。

だが、このとき、はっきり気がついた。

「俺の人生は、いつもそうだ。大事なときに限って、うまくいかない。」

これが、私の、自分の人生に対する、潜在的な評価だったのだ。


* * * * *

なるほど、こんな意識で生活していたら、うまくいくこともうまくいかなくなってしまう。

そして、思った。

「メガネを忘れて、引き返す」これは、ただのfact、事実に過ぎない。

それに対して、どんな感想を持ってもいいのだ。

例えば、「もしかして、もっと大事なものも忘れているかも」、とか、「そんなに早く行かなくてもいいのかも」とかである。

ただのfactに対して、即座に悪い評価を与えることはないのだ。

結局、メガネを取りに戻って、駅に行ったら、中央線は普通に動いていた上、特別快速にも乗れて(しかも座れて)、予定より1時間近く早く着いてしまった。

それはさておき、この一件以来、いろんな出来事をfactsとevaluationに分けるようになった。

例えば、来年は仕事が減り、収入が減るから大いに困っていた。

また、仕事が減るのは、自分の力量不足であり、頑張っても報われない、とも思っていた。

だが、「仕事が減る」のは、ただのfact。

「収入が減る」、「困る」、「自分の力量不足」、「頑張っても報われない」は、私のevaluation。

もしかしたら、違う仕事に巡り合うチャンスかもしれない、そこでは、自分の力がこれまで以上に発揮でき、大活躍できて、収入も大幅アップする、と考えたっていいのだ。

何かが起こる ⇒ 悪いことと思う ⇒ 原因を自分に求める

という思考は、もうしない。

そもそも原因が何かなんて、誰にもわからない。

そんなわけで、今は、何が起きても、これは変化のチャンスかもしれない、と思うようになった。

そして、過去に起きた嫌な出来事も、忘れるのではなく、違う解釈、評価をするようになった。

そう、毎日、チャンスが満ちあふれているのだ!

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