snsの発言は真に受けるな
twitterやyahooのコメント、またこのブログにしてもそうだが、そこに書かれたコメントは、自分に向けて発したものであり、他人とのコミュニケーションではない。
他人と面と向かって話す時は、相手を思いやり、気を遣うものだ。
それはそれで面倒くさいこともある。
だが、真のコミュニケーション、人と人の血の通ったコミュニケーションとは、知識や論理性だけでなく、相手を気遣い、思いやる要素が不可欠である。
情報の正しさ、知識の正確さは、コミュニケーションにとって、非常に大切なものである。
でも、それがコミュニケーションを成り立たせる十分条件かというと、そうではなかろう。
以前、櫻坂46のメンバーと、3期生が初めて顔を合わせる動画に感激したことを書いた。
3期生たちは、挨拶の途中から泣いてしまい、言葉に詰まってしまう子もいた。
だが、コミュニケーション上、それがマイナスに働いたわけではなく、むしろその場面では、言葉を超えたメッセージを伝えていたのである。
それを見ている櫻坂46のメンバーは、言葉を発する代わりに、暖かい眼差しと笑顔を見せているだけだ。
だがそこには、お互いに深い心と心の触れ合いが見ている第三者の私にも伝わってきた。
コミュニケーションとは、目の前の相手を思いやるという要素が不可欠と思った理由はここにある。
ところが、以前日銀新総裁の記者会見のyahooコメント欄について少し書いたが、snsの多くの発言は、特定の、目の前の相手に向けての発信ではない。
自分の中のどうしようもない気持ちを、他人に伝える形で、自分を納得させるために発している。
論理的に述べてはいるものの、目の前には相手がいないので、思いやる必要はなく、言いたい放題になる。
自分の見方、考え方こそが正しいんだ、とでも言いたげな発言が跋扈している。
だがそれらは一見論理的で、説得力があるような文章でも、基本は個人の独り言にすぎない。
snsの文章とはそんなふうに付き合うべきで、真に受けてはならない。
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